2018-09-09

いま演劇の仕事をしてて思うこと。



こんばんは。名古屋での演劇ワークショップからの新幹線の帰り道にてこれを書いています。僕のカンパニーは来週の本番に向け、僕抜きで本日自主稽古をしています。

僕は演劇を生業にして生きています。世間的にはなかなか稀有な存在かと思います。どの世界でもきっとそうなんでしょうが、気づくと同業者に囲まれています。それは悪いことではありません。お互いのアイデアや体験を共有したり、交換したりすることができます。

しかし時に陥りやすい傾向は、世の中には同業者以外の人の方がダントツ多いということを忘れてしまうことです。とてもありがたいことに僕は日々演劇の何かに関わった仕事をしています。プロのためのワークショップを行い、子どもや若者とワークショップを行い、国際的な児童青少年演劇の組織の運営に関わり、演劇の大学で教え、演出をし、自分のカンパニーの作品を作り。

演劇に携わる色々な人に出会えば出会うほど、演劇を志す色々な若者に出会えば出会うほど、そして演劇の仕事の幅が広がれば広がるほど、僕ら演劇人の取り組むべきは日常に於いて演劇に触れていない人や社会や生活との繋がりなのではと思うのです。

芸術家同士だけで芸術の必要性を論じてもその哲学は広がっていきません。演劇人の間で社会批判を共有したところでその哲学は広がりません。子どもの時の芸術体験がどれだけ彼らの人間育成に重要かを知っているのはごく僅かな心理学者や社会学者や芸術家だけで、彼らが、我々が劇場や研究室から出て行かない限り、その哲学が広がりを見せることはありません。

すべての人が平等の芸術体験を持てれば良いなと心より思いますが、今の日本で日常の中に芸術や文化が入り込む余裕や精神的豊かさがあるのかどうか問われると正直ないと思います。なくなって来ていると思います。だからこそ、すごく考えます、どうすれば良いのかと。正直答えはなく、探し続けるしかありません。

来週、僕のカンパニーの公演があります。主宰者としては、一人でも多くの子ども、一人でも多くの大人に観てもらえたらと思いながら作品創造をしています。オリンピックのようにスポンサーが付いているわけではございません。その代わりにスポンサーの都合で上演時間や上演内容を決めると言った縛りもありません。笑

記憶をテーマに、僕が今集めることのできる最高のメンバーで作品を作っています。記憶をテーマに、戦争のない未来を作れればという思いで作品を作っています。
明確なストーリーはハッキリ言ってありません。観に来てくれた観客の想像力に委ねます。無責任でごめんなさい。

観てもらうにはチケット代が発生します。勝手に作品作っといて、金とるのかよって話です。そうなんです、日常生活に絶対必要な食料や生活空間、つまりスーパーや商店街やモールや不動産屋で売ってるものには到底叶いません。

僕らがお金をもらって提供しようとしているもの、それは一回きりの体験です。最終的には形としては何も残りません。美術館に足を運ぶ。コンサートやライブに足を運ぶ。映画館に足を運ぶ。劇場に足を運ぶ。その体験の共有にお金を払う。払ってもらう。

とここまで移動中の新幹線で書き綴り。

何が言いたいか。
ひとまず今僕が、僕らが創っている舞台作品を観に来ていただければと思う次第です。

観たいけどお金がって人。お金頂きません。その代わり、野菜でも自分が描いた絵でもなんでも良い、お金の代わりに物々交換できるものを劇場に持って来てください。

観たいけど時間がって人。次の機会に是非。その意思表示だけでも嬉しいです。

観たいしチケット代払う!って人。ご予約お待ちいたしております。

mapro@gol.com 僕のメールに連絡をくださいまし。

公演の詳細は:company-ma.com

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