昨夜、池袋演芸場にて落語を観た。
それが最高に可笑しくて。腹を抱えて笑いました。
最初に若い前座の方が登場。
めっちゃ緊張してて。台詞は噛むは座布団に座っててもどこか挙動不審で。
でも、そりゃそうだわなって思うのです、だって演劇や映画と違って客席の電気が付いたままなんです、しかも煌々と。そして舞台にいるのはたった一人。何するかってぇと座布団に座り、観客を笑かそうとする。めっちゃシビアでしょ。お客さんもシビアで、取りの真打ちを目当てに来ている人も多いからか、前座では客の出入りは激しいわ、読書してる人はいるわ、食事に夢中になってる人はいるわ。それが全部舞台からも丸見え。なんせ客電煌々なわけだから。いやぁ、怖い。でもそうやって鍛えられて行くのだろうなと。厳しい世界だけど、それでも真打ちまで登りつめていく。尊敬しますね。
そして、真打ち登場。初音家左橋さん。僕は初めて観たのですが、一瞬でファンになってしまいました。落語が好きな方には当たり前のことなのでしょうが、いちいちに感動。
座布団の上に一人座り、何役をもこなし、観客の想像力を突ついて行く。絶妙な間。羽織を脱ぐタイミング。表情。声。全ての役がまるでそこにいるみたいで、背景から小道具から音や匂いまで見えてくる。聞こえてくる。匂ってくる。そして、何よりもことばがきれい。美しい。
みなさん、日本語は美しいです!
みなさん、落語は世界に誇る演芸です。でも字幕付きで観ても海外の方には日本語の微妙且つ絶妙なニュアンスはわかりません。だから我々日本人はラッキーです。日本にいて日本語で落語を聞けるのですから。もっともっと落語を観ましょう。聴きましょう。
一方で、ことばだけでない表現力、それは観客が何人であろうと惹きつけられますよね。ことばわからなくても伝わってくるもの。海外の舞台観て、ことばわからなくても感動するあの感覚。
ふと思い出しました。サンフランシスコで芝居の勉強してたとき、到底ことばでは叶わないと思い、身体表現やダンスなどことばには頼らない表現力を磨こうとしていたことを。必死だったな。アメリカ人、喋るの早いし。当たり前だけど。
で、昨夜落語を聞いて思う訳です、今度は日本語の美しさも大事にしなければなと。
落語好きな人、誘ってくださいね。
落語行ってみたい人、声掛けます。
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