2011-06-19

自由が丘から相馬へ

今回絵本やおもちゃや子供服を集めてくれた東京・自由が丘にあるTFS幼児教室。

僕が毎年夏期講習で4~5歳の子供たちと演劇の授業をやらせてもらっているところ。そこのお母さん達が持ち寄ってくれた。サイズを書いてちゃんと梱包してくださってたり、こまめな心遣いも。
そして今また集めてくださってる。集めてくれるから僕は運ぶことができる。

とてもありがたい。

そしてそれらを受け取ってくれるところが相馬中村神社。全国各地から様々な物資が運ばれてくる。神主の川嶋さんを中心にNPOうまとあゆむSOMAのボランティアで物資の仕分け等をしている、もちろん馬の面倒を見ながら。神社の様子を見ていると1日何時間あっても足りないような様子だ。・・・なんて書きながら上記のリンク先を覗いたらやはり馬の面倒を見れるボランティアの方を募集しておりました。

そして絵本は前回同様、相馬にあるまた別の保育園に届ける予定。

東京・自由が丘から福島・相馬へ。人から人へ。子供から子供へ。
集めてくれる人がいるから、受け取ってくれる体制をを作ってくれている人がいるから僕は運び屋になれる。

マジありがたい。

2011-06-13

南相馬と相馬へ

南相馬と相馬に行ってきた。

東京を夕方に出発し、どしゃ降りの東北道を北上して、蛙が左右からぴょんぴょんと出てくる真っ暗な山道を抜け、夜9時半南相馬に到着した。時間も遅く日曜日だったせいもあり、お店はほとんど開いておらず、唯一開いていたラーメン屋の暖簾をくぐる。

カウンターだけのラーメン屋。カウンターの向こう側で焼酎を飲み交わしてる地元の人。
俺「東京から来ました」
彼「わざわざありがとうございます、良かったらこの餃子食べてよ」
注文したばかりの餃子の皿をこっちにまわす。
ビールで乾杯。

俺「実は今回、絵本とかおもちゃとか子供服をいっぱい持ってきました。」
彼「実は俺、老人ホームを経営してます。みんな痴呆症。みんな子供に帰ってるんです。良かったら、うちにも絵本とかもらえませんか。」
俺「良かったら絵本持って行きがてら、朗読させてもらえませんか?」
彼「是非」

翌日、南相馬のボランティアセンターに一緒に行った大工の友達と朝8時に向かう。
台風が来てたもんだから、屋外の作業はなく割り当てられた仕事は避難所になってる中学校の雨漏りの修繕。
大工冥利。
現地で出会った他のボランティアの方と校内をまわり、雨漏り箇所をまずはチェック。その後、大工の本領発揮(俺も彼のもと20代に大工見習いをしてたもんで)雨漏りを修繕。
午後は校舎の大掃除。

4時にボランティア作業を終え、山の中にある老人ホームに車を走らせる。
絵本をもらってもらい、その中のいくつかの絵本を朗読させてもらう。
ひとつの話を終える度におばあちゃん達拍手。
気持ちが満たされていく。
こっちがどんどん励まされる感覚。

朗読を終え、俺はどうしても沿岸部が見たくて津波にあった現場に車を走らせる。
カメラも用意して。写真を撮るつもりで。

そしてことばを失った。何もない真っ黒な風景と瓦礫の山。死体が見つかったであろう場所の旗の印。
ことばが完全に奪われた。
もちろんカメラのシャッターは切れんかったよ。

日中ボランティアで言った避難所で「ボランティアの人はここの体育館に泊まれるからね」って誘ってもらってたんだけど、津波の場所を見て、一気に自信をなくし、出来ればホテルに泊まってとんでもなくくだらないバラエティ番組をテレビで見たいと思い、ホテルを探す。

どこもかしこも満杯。

仕方なくとりあえずたらふく飲んで気持ちを紛らわせて体育館に。
ただ広い。
着いても寝られないからワインを飲み交わす。
何とか気持ちをごまかして就寝。
11時に眠りにつき、2時に目覚める。
寝られたもんじゃない。
経験出来てよかったなと思いながらも、今ここに避難してる人はこれを約3ヶ月やってるんだなと思い、色々な思考が頭の中をぐるぐると駆け巡る。



















結局ほぼ寝ないまま、相馬に向かった。
行政には頼れないからと自主的に物資を集めたりしている神社に足を運ぶ。

相馬中村神社。

野馬追の発信地。
行ってみると馬が沢山。元々いた馬と原発の被害にあった地域で取り残され避難している馬と。
話を伺ってみるとその取り残された馬がいるところに自らまわって、避難させたらしい。
馬の他にも山羊や犬や猫がいる。
猫は誰かが神社の前に置いていったものもあるとか。
避難所でもしくは仮設住宅で飼えなくなったものか。



















神社の境内に物資を並べる。
南相馬から新品の長靴を持ってくる方。
馬たちの食べるりんごを持ってくる方。

神社の前の広場では広島のパン屋がサンライズと呼ばれるメロンパンを配っていた。
南相馬から避難してきた馬はそれにちなんでサンライズと名付けられていた。
たれ目でどこか愛嬌のある顔をしていた。



















僕らは東京から持ってきたおもちゃや子供服、絵本をひろげた。
「うちの孫に」と持って行ってくれる方々。
「仮設はせまいからなぁ・・・」と持って帰りすぎないようにあれやこれやと比べている方。

でもそうやって人の手から人の手へと運ばれていく。
ありがたい。

「出来れば絵本とか持ってどこかの保育園とかに行かせてもらえないでしょうか」
神主さんの川嶋さんに聞いてみる。
「早速連絡してみましょう」とその場で電話。
30分後には絵本の入った段ボール箱を持って、相馬保育園に。

園長先生の計らいで3歳児から5歳児の園児を講堂に集めて頂き、約40分朗読の時間をもらった。みんな集中して聞いてくれた。















朗読を終えると今度は子供たちが歌を歌ってくれた。

「ありがとうの花」

ありがとうの花が咲くよ
君の町にも ほらいつか
ありがとうの花が咲くよ
みんなが歌ってるよ


参った。
顔があげられなくなって困った。


「こんどはいつくるの?」



園長先生に話を伺うとずっと子供たちは表で遊べていないらしい。
思い切り遊ぶのが彼らのお仕事なのに。

僕らは神社に置いてきてたもう1箱の絵本の段ボールを持ってきてそれを渡した。


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東京に戻って数日後、神社さんからお葉書をいただき、保育園からお写真とメールを頂いた。

「うんちくん」という絵本を朗読したのだが、その話を聞いてた3歳の子が次の日から一人でトイレに行けるようになったとのこと。

そして、近くにある姉妹園にあたる保育園にも是非来てほしいと。

絵本の力はすごい。

また行きます。

絵本も集めよう。


2011-04-08

ある人にとって

ある人にとって

弔うとは
その人を想いながら
ハーモニカを吹くことであり

ある人にとっては
ただひたすら
祈ることであり

ある人にとっては
歌うことであり

語ることであり

踊ることであり

そして
ある子供にとっては
一輪のタンポポを
見つけることである

ような気がする。

2011-04-06

セファルディ 魂の紡ぐ歌













セファルディってご存知ですか? かつて15世紀頃に南欧に定住したユダヤ人のことらしく(つまり僕も最近知りました)、彼らが作った音楽の代名詞としても使われているようですが、その音楽に僕もひょんな形で出会いました。

今から約半年前。劇場で芝居の稽古をしているときに、「面白い人が来てるから」と劇場プロデューサーに声をかけられ事務所に上がると紹介されたのが、岡庭矢宵さん。
会った瞬間、「フリダ・カルロだ!」(←メキシコの画家です)と思わず声を上げて言ってしまったのですが、フリダにそっくりでビックリ。




















話を聞いてみると「ユダヤの移民の歌を歌ってます」と。
やはり!存在もさることながらやっていることもディープだなと感嘆、納得。

「聞いてみたいな」とボソっと俺が言うと、プロデューサーが「みんなでロビーに行きましょう」と。
みんなって言ってもそこにいたのは俺と矢宵さんも入れて5人。

ロビー到着。
彼女は歌い始めました。

その瞬間

全身に鳥肌が。大袈裟でなく比喩でもなく、ホントに全身に鳥肌が。

そして手足がしびれだし、目頭が熱くなり。

もちろん聞いたことのない初めての音楽なのだけれど、妙に懐かしくて、親密で、広大で。

「魂が揺さぶられる」とはこういうことを言うのだな、と。

声高に言います。
聴かないと損です。

下記詳細:

「空と砂の間へ」
−セファルディ・ユダヤ 魂の紡ぐ歌−
歌、アラブの琴、即興パフォーマンスで綴る、離散ユダヤ500年の旅


〜行くあてのないひとたちへ〜
たとえ そこから追い出されても
あなたの体がある限り
あなたの場所はきっと見つかる
遠い昔 歌を携え 世界中に散らばっていった人たちのように
果てしない離散から呼び覚まされるのは 魂の共振
セファルディ・ユダヤ この歌は
今を生きるあなたの心にも
きっと何かを届けることでしょう

2011年4月9日(土) 18:30 開場 / 19:00 開演

出演:歌/岡庭矢宵、カヌーン/海沼正利、踊り/香瑠鼓

劇場:シアターX 東京・両国

チケット料金:3,500円 全席自由

お問合せ/チケットお申し込み:ベラ・グラナーダ TEL : 090 7942 9264
E-mail : okaboo@etude.ocn.ne.jp



2011-04-04

HOUSE



















銀座シネパトスにて観てきました、大林宣彦監督、1977年の初劇場用映画作品「HOUSE」。
音も映像も美術もかなりぶっ飛んでます。そして家が女の子たちを・・・というストーリーも。

シューレアリズムとはよく言ったものですが、シュールとはまさにこういう映画のことを言うのでしょう。現実も空想も超えちゃってます。
僕の感覚にはドンピシャでした。是非スクリーンで観てほしい。

4月5日まで銀座シネパトスにてレイトショー上映中。

so much to learn so little we know

知らないことが多すぎる。

知ろうとして来なかったことが多すぎる。
知っているつもりでいたことが多すぎる。

ないがしろにしてきたり
無関心だったり
誰かに任せたり
自分も当事者の一人であることに向き合わずにしてきたり。

知ったかぶりもした。
あげ足もとってきた。
挙句の果てに
自虐を演じたこともあった。

無関心とはおさらば。
無責任ともおさらばしたい。
なかなかできないけど。

夢や希望を語るのはちょっと恥ずかしい。
中学生のときに語ったようにはなかなかできない。
でも悲しい思いや、いやな思いをするよりも
恥ずかしいことをする方がいいのかもしれない。

恥は旅の掻き捨て。
したがって僕は旅の途中。


2011-03-03

ありがたい!

おいらの英語の生徒であり、友人でもある勝本昌希ちゃんがブログにおいらのことを書いてくれたので、あります。


彼女はストレッチクリエーター。

今日のレッスンもmind and body について。

When the body is relaxed
The mind is relaxed

When the body is stiff
So is the mind

みたいな。

さてさて

基本おいらの英語レッスンは午後か夜が多いのですが、彼女のレッスンは午前中。
従って彼女のレッスンの日は朝から元気をもらうので、あります。
自分でもビックリするくらい明るい1日になる。

いやぁ、ありがたい。
ありがたい。

そんな昌希ちゃん、4月号のGOETHEにガツンと載ってるぜ!


その名も「成功のコンセプト」という特集。読み甲斐あり。